Journal : 宙博ジャーナル

宇宙とは何か? 宇宙には果てがあるのだろうか? 宇宙はいつ始まって、いつ終わるのか? こんな疑問の解明に一役買っているのが、素粒子研究の最前線で活躍する「加速器」です。でも、なぜ素粒子のような小さな世界を研究するマシンで、宇宙の謎を解くことができるのでしょうか。そのヒントは、夜空にありました。

無数の星々が輝く夜空、そこは果てしなく広がる宇宙空間です。いまから80年ほど前、エドウィン・ハッブルというアメリカ人の天文学者が、望遠鏡で銀河を観測し、多くの銀河が地球から遠ざかっていることを発見しました。それまで宇宙は姿を変えずに、同じ形のまま永遠に存在するものと思われていたのです。

 

 

 [Hubble Maps Dark Matter in Galaxy Cluster:   
 NASA/ESA/JPL-Caltech/Yale/CNRS
]

 

宇宙は膨らむ風船のように膨張している! しかも、遠くに行けば行くほど、膨張のスピードは速くなっている! このハッブルの発見から、科学者たちは一つの仮説を導きだしました。それは、はるか昔“宇宙は小さな一点から始まった”のではないかということ。つまり「ビッグバン理論」の誕生です。ビッグバン理論では、いまから百数十億年以上も前に、宇宙は高温・高密度の状態で始まり、それからどんどん膨張していき、温度も冷えていって、現在のような宇宙の姿になったと考えられています。

さて、ここからが加速器の出番です。いまは巨大な広がりを持つ宇宙も、百数十年以上前の始まりの時期には小さな一点だった。では、そのとき宇宙はどんな状態だったのだろう? どうやって物質が生まれ、広がってきたのだろう。そういったことを調べるために、極小世界の現象を探索する「加速器」が役に立つのです。

アインシュタインの理論では、「物質」と「エネルギー」は同じものだと考えられています。ちょっと常識では理解しにくいことですが、これは事実です。原子爆弾がものすごい破壊力を持つのも、原子力発電所で電気が作れるのも、消えた物質が莫大なエネルギーに変換されるからです。そして、逆も真なり。大きなエネルギーがあれば、無から物質を作りだすことも可能です。実際に高エネルギーの加速器では、粒子同士を激しく衝突させることによって、エネルギーから物質を作りだすということをやっています。

 

 [LHC, Tunnel for real - sector 81, ©CERN]

 

もう、お分かりでしょう。日本のKEKにある「Bファクトリー」やスイスのCERNにある「LHC(Large Hadron Collider)」などの加速器では、粒子を巨大なエネルギーで衝突させることにより、宇宙が始まった頃の状況を再現しているのです。宇宙の謎を解明するための実験室、それが高エネルギー加速器なのです。

加速器を用いた研究で、いま、世界中の科学者が注目しているものがあります。それは「ダークマター(暗黒物質)」や「ダークエネルギー(暗黒エネルギー)」の研究です。20世紀の終わり頃、科学者たちは観測によって、宇宙についての奇妙な事実を発見しました。宇宙の96%は謎の物質とエネルギーによって満たされており、私たちが知っているおなじみの「物質」は、全宇宙のたった4%しか占めていないことが分かったのです。現在、ダークマターとダークエネルギーに関しては、その正体すらつかめていません。スイスのCERNにあるLHCでは、一周27㎞という世界最大の加速器を使って陽子と陽子を衝突させ、ダークマターの正体を探っているところです。

このように素粒子や宇宙研究の最前線で活躍している加速器ですが、一方で、“さまざまな粒子を生みだす”という特性を活かし、私たちの実生活に直結する研究分野でも役に立っています。たとえば、加速器で作りだした「放射光」や「ミュー粒子」や「中性子」で物を見ると、従来のエックス線では見えなかった内部構造が見えてきます。タンパク質の構造解析や新薬の開発、細菌、微生物、植物など、生命科学の幅広い分野で加速器は研究に役立っています。

それだけではありません。磁性体や高温超伝導の性質を調べる物性研究、燃料電池などに使う新素材の研究、医学や考古学など、それはもうさまざまな分野の研究に、加速器は使われています。まさに見えないものが見える“魔法のメガネ”として、多くの大学や企業の研究に利用されているのです。

そしてもう一つ、加速器のような最先端技術の開発は、周辺分野の科学技術を共に進歩させるという効果があります。たとえば超伝導技術がその一つです。KEKのBファクトリーで大量のビームを加速し、極限まで絞りこむためには、これまでにないほど優れた超伝導技術が必要でした。そして、世界最高のビーム強度を目指してきた結果、日本は世界最水準の技術を手に入れることができたのです。現在、この高度な技術は世界中で注目され、CERNのLHCでも、ビームを収束したり、粒子の軌道を曲げるために日本の超伝導技術が活躍しています。

 

 [KEKB ©高エネルギー加速器研究機構]

 

大学の研究者が自由に利用できる「大学共同利用機関」の第一号として誕生した高エネルギー加速器研究機構(KEK)。世界の最高峰を目指した加速器の開発は、同時にさまざまな科学技術の発展に寄与してきました。まるで大きな樹木の幹に茂る豊かな枝葉のように、世界のトップを目指す研究から、副次的に多くの実りがもたらされるのです。

19世紀、電気について研究していたファラデーという科学者は、「これが何の役に立つのか?」と尋ねた政府の役人にこう答えたそうです。「いずれあなた方は、これに税金をかけるようになりますよ」と。ファラデーの予言通り、エレクトロニクスは20世紀最大の産業となり、文明の発展に大きく寄与しました。

いまも加速器を使って、多くの研究者がさまざまな研究を行っています。その中には、直接、何に役立つのか分かりにくいものもあるでしょう。しかし、そもそも科学とは、この世の謎や不思議を解明するためにあるものです。分かり切った研究からは、分かりきった結果しか生まれない。分からないことに挑むからこそ、イノベーションが起こるのであり、そこに人類と科学技術の未来があるのだと思います。

物質って、何だろう? 物質を細かく分解していくと、何が見えてくるんだろう? そしてまた、私たちが住んでいる地球、太陽系、銀河系、そのすべてを含む宇宙とは何か? 「高エネルギー加速器研究機構」、略して「KEK」は、極小の世界から広大な宇宙まで、科学の謎に切り込む最先端の研究施設の一つです。今回の宙博ジャーナルでは、つくば市にあるKEKにお邪魔をして、素粒子研究の目的や成果、今後の計画などをおうかがいしてきました。

 

 

KEKは1971年4月、旧文部省直轄の大学共同利用機関の第一号として筑波研究学園都市に誕生しました。加速器のような大がかりな実験施設は、とても一つの大学が単独で所有できるものではありません。そこで国が国費を投じて実験のインフラを整え、いろんな大学の研究者が共同で使えるようにしたのです。現在、筑波には一周3㎞という巨大な加速器「Bファクトリー」と、放射光源加速器「フォトンファクトリー」があり、さらにKEKの東海キャンパスには最新の大強度陽子加速器「J-PARC」があります。いずれも世界最高峰の性能を誇る実験施設であり、さまざまな研究分野で活躍しています。

 

[KEK上空] [KEKB]

 

ところで、そもそも加速器とは何でしょう。何を加速し、何を調べるものでしょうか。KEKの森田洋平広報室長におうかがいしました。

「加速器は、『陽子』や『電子』といった目で見えない小さな粒子を加速する機械です。物質を細かく分けていくと、分子になります。その分子は原子が集まってできているものです。その原子をさらに細かく見ていくと原子核と電子になり、原子核を構成している粒子の一つが陽子です。こういった物質を構成している小さな粒子を強力な電磁波を満たした加速空洞という装置によって光速に近いスピードまで加速し、標的にぶつけたり、粒子同士を衝突させたりして、さまざまな現象を観測するのが加速器なのです」

そもそもKEKの加速器が誕生した背景には、朝永振一郎ら日本の物理学者の活躍がありました。1960年代、敗戦から立ち直りつつある日本では、朝永博士のノーベル賞受賞を契機に、科学分野で世界のトップを目指そうという機運が一気に高まり、欧米に負けない高性能な加速器の建設に着手したのです。科学は理論だけでは成り立ちません。理論を裏づけるためには実験が必要で、そのために作られた最新の施設がKEKの加速器だったのです。

つくば市にある「Bファクトリー」は、現在、世界最高のビーム衝突性能を誇っています。ここでは一周3㎞の加速器で加速した「電子」と「陽電子」を衝突させて、B中間子という粒子を作りだし、その粒子が崩壊する過程を調べるという実験を行いました。詳しい説明はここでは省きますが、この電子・陽電子の衝突実験の結果から、「CP対称性の破れ」という理論が実証され、2008年の小林誠・益川敏英、両博士のノーベル賞受賞につながりました。Bファクトリーはノーベル賞の理論を実証した加速器として、一躍世界に名を馳せました。

 

 

[Belle測定器]

 

 また、つくば市の「陽子加速器」を使って、ニュートリノという粒子を作りだし、250㎞離れた岐阜県神岡にある「スーパーカミオカンデ」に打ちこむという実験が、1999年から2004年にかけて行われました。この実験はKEKのKと、神岡のKを取って、「K2K(K to K)」実験と呼ばれています。ニュートリノは原子よりはるかに小さい粒子なので、地面の中を素通りして、つくばから神岡まで届くのです。

K2K実験では、陽子加速器で人工的に作り出した「ミュー型ニュートリノ」が、スーパーカミオカンデに到達するまでの間に「タウ型ニュートリノ」に変化するという現象を捉えました。ニュートリノが別のニュートリノに変わることを「ニュートリノ振動」といいますが、この現象が起きるためにはニュートリノに質量があることが必要です。スーパーカミオカンデが自然界にあるニュートリノでこの現象を観測していましたが、人工的に作りだしたニュートリノで実証したのはK2K実験が初めてです。

さらに、昨年の春からは、東海キャンパスにある大強度陽子加速器「J-PARC」で作りだしたニュートリノをスーパーカミオカンデに打ちこむ実験が始まりました。東海のTと神岡のKを取って、「T2K」と呼ばれるこの実験は、K2Kをさらにパワーアップしたもので、大量のニュートリノを打ちこむことによって、より精密な観測を可能にするとともに、K2Kでは見えなかった新たな現象を探っていきます。

 

[J-PARC]

 

このようにKEKは、さまざまな加速器を駆使した実験によって、最新の理論に裏づけを与え、素粒子物理学の進歩に貢献してきました。ノーベル賞理論を実証した「Bファクトリー」は、今年6月30日ですべての実験を終了し、現在は休止状態に入っています。今後はパワーアップのための改造を行い、4年後にはふたたび世界最強のビームを使った衝突実験を開始して、誰も見たことのない未知の研究領域へと切り込んでいく予定です。

世界の素粒子研究を加速するKEK、次回の宙博ジャーナルでは、極小世界の「素粒子研究」がどのような形で壮大な「宇宙の研究」に結びつくのか、また、社会や暮らしに役立っているのか、そのあたりを中心にご紹介していきます。

 

写真提供:高エネルギー加速器研究機構

(8月25日 4段落目に訂正および加筆修正)

 

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