Journal : 宙博ジャーナル

第5回 [加速器は魔法のメガネ!?]

2010/09/04

宇宙とは何か? 宇宙には果てがあるのだろうか? 宇宙はいつ始まって、いつ終わるのか? こんな疑問の解明に一役買っているのが、素粒子研究の最前線で活躍する「加速器」です。でも、なぜ素粒子のような小さな世界を研究するマシンで、宇宙の謎を解くことができるのでしょうか。そのヒントは、夜空にありました。

無数の星々が輝く夜空、そこは果てしなく広がる宇宙空間です。いまから80年ほど前、エドウィン・ハッブルというアメリカ人の天文学者が、望遠鏡で銀河を観測し、多くの銀河が地球から遠ざかっていることを発見しました。それまで宇宙は姿を変えずに、同じ形のまま永遠に存在するものと思われていたのです。

 

 

 [Hubble Maps Dark Matter in Galaxy Cluster:   
 NASA/ESA/JPL-Caltech/Yale/CNRS
]

 

宇宙は膨らむ風船のように膨張している! しかも、遠くに行けば行くほど、膨張のスピードは速くなっている! このハッブルの発見から、科学者たちは一つの仮説を導きだしました。それは、はるか昔“宇宙は小さな一点から始まった”のではないかということ。つまり「ビッグバン理論」の誕生です。ビッグバン理論では、いまから百数十億年以上も前に、宇宙は高温・高密度の状態で始まり、それからどんどん膨張していき、温度も冷えていって、現在のような宇宙の姿になったと考えられています。

さて、ここからが加速器の出番です。いまは巨大な広がりを持つ宇宙も、百数十年以上前の始まりの時期には小さな一点だった。では、そのとき宇宙はどんな状態だったのだろう? どうやって物質が生まれ、広がってきたのだろう。そういったことを調べるために、極小世界の現象を探索する「加速器」が役に立つのです。

アインシュタインの理論では、「物質」と「エネルギー」は同じものだと考えられています。ちょっと常識では理解しにくいことですが、これは事実です。原子爆弾がものすごい破壊力を持つのも、原子力発電所で電気が作れるのも、消えた物質が莫大なエネルギーに変換されるからです。そして、逆も真なり。大きなエネルギーがあれば、無から物質を作りだすことも可能です。実際に高エネルギーの加速器では、粒子同士を激しく衝突させることによって、エネルギーから物質を作りだすということをやっています。

 

 [LHC, Tunnel for real - sector 81, ©CERN]

 

もう、お分かりでしょう。日本のKEKにある「Bファクトリー」やスイスのCERNにある「LHC(Large Hadron Collider)」などの加速器では、粒子を巨大なエネルギーで衝突させることにより、宇宙が始まった頃の状況を再現しているのです。宇宙の謎を解明するための実験室、それが高エネルギー加速器なのです。

加速器を用いた研究で、いま、世界中の科学者が注目しているものがあります。それは「ダークマター(暗黒物質)」や「ダークエネルギー(暗黒エネルギー)」の研究です。20世紀の終わり頃、科学者たちは観測によって、宇宙についての奇妙な事実を発見しました。宇宙の96%は謎の物質とエネルギーによって満たされており、私たちが知っているおなじみの「物質」は、全宇宙のたった4%しか占めていないことが分かったのです。現在、ダークマターとダークエネルギーに関しては、その正体すらつかめていません。スイスのCERNにあるLHCでは、一周27㎞という世界最大の加速器を使って陽子と陽子を衝突させ、ダークマターの正体を探っているところです。

このように素粒子や宇宙研究の最前線で活躍している加速器ですが、一方で、“さまざまな粒子を生みだす”という特性を活かし、私たちの実生活に直結する研究分野でも役に立っています。たとえば、加速器で作りだした「放射光」や「ミュー粒子」や「中性子」で物を見ると、従来のエックス線では見えなかった内部構造が見えてきます。タンパク質の構造解析や新薬の開発、細菌、微生物、植物など、生命科学の幅広い分野で加速器は研究に役立っています。

それだけではありません。磁性体や高温超伝導の性質を調べる物性研究、燃料電池などに使う新素材の研究、医学や考古学など、それはもうさまざまな分野の研究に、加速器は使われています。まさに見えないものが見える“魔法のメガネ”として、多くの大学や企業の研究に利用されているのです。

そしてもう一つ、加速器のような最先端技術の開発は、周辺分野の科学技術を共に進歩させるという効果があります。たとえば超伝導技術がその一つです。KEKのBファクトリーで大量のビームを加速し、極限まで絞りこむためには、これまでにないほど優れた超伝導技術が必要でした。そして、世界最高のビーム強度を目指してきた結果、日本は世界最水準の技術を手に入れることができたのです。現在、この高度な技術は世界中で注目され、CERNのLHCでも、ビームを収束したり、粒子の軌道を曲げるために日本の超伝導技術が活躍しています。

 

 [KEKB ©高エネルギー加速器研究機構]

 

大学の研究者が自由に利用できる「大学共同利用機関」の第一号として誕生した高エネルギー加速器研究機構(KEK)。世界の最高峰を目指した加速器の開発は、同時にさまざまな科学技術の発展に寄与してきました。まるで大きな樹木の幹に茂る豊かな枝葉のように、世界のトップを目指す研究から、副次的に多くの実りがもたらされるのです。

19世紀、電気について研究していたファラデーという科学者は、「これが何の役に立つのか?」と尋ねた政府の役人にこう答えたそうです。「いずれあなた方は、これに税金をかけるようになりますよ」と。ファラデーの予言通り、エレクトロニクスは20世紀最大の産業となり、文明の発展に大きく寄与しました。

いまも加速器を使って、多くの研究者がさまざまな研究を行っています。その中には、直接、何に役立つのか分かりにくいものもあるでしょう。しかし、そもそも科学とは、この世の謎や不思議を解明するためにあるものです。分かり切った研究からは、分かりきった結果しか生まれない。分からないことに挑むからこそ、イノベーションが起こるのであり、そこに人類と科学技術の未来があるのだと思います。